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k-holyの史跡巡り・歴史学習メモ

趣味の史跡巡りと歴史のことを書きます。戦国時代でも織田信長上洛以前の畿内と西国が多め。内容には素人の根拠無い想像が混ざってるのでお気をつけください。

大内義興が帰国に至った背景―在京中に起きた「安芸国人一揆」と「有田合戦」の関係、遣明船の永代管掌権を獲得した件について

今回は永正5年に前将軍足利義尹を奉じて上洛して以来、約10年に渡って在京し幕政に携わってきた大内義興がついに帰国するに至った経緯をまとめつつ、考察してみました。 時系列はややこしいですが、だいたい以前の記事 『「流れ公方」足利義稙の執念が生んだ…

尼子詮久の東征(上洛戦?)から郡山城攻めに至るまで

天文年間の尼子氏による上洛戦とも思われる東征については、侵攻を受けた赤松氏や浦上氏の側から触れてきましたが、今回は尼子氏の側から見た流れをまとめてみます。 畿内の混乱と西国の情勢 この頃の畿内では、天文元年から5年にかけて、細川晴元政権の内訌…

室津海駅館 特別展『播磨を生きた官兵衛 ~乱世の中の室津~』の感想

10月26日、たつの市御津町室津にあります、室津海駅館の特別展『播磨を生きた官兵衛 ~乱世の中の室津~』を観てきました。 もうそろそろ終盤に入ろうとする大河ドラマ『軍師官兵衛』ですが、そこで描かれた官兵衛の播磨時代では、信長との関係(というか一…

上月城の戦い第二幕・尼子再興戦の終焉

別所氏の離反と毛利方による上月城包囲 上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻 からの続きです。 天正5年(1577)12月、播磨佐用郡を平定した秀吉は、最前線となった上月城を尼子主従に守らせて自身は龍野へと移り、網干郷に禁制を与えるなど戦後処理を行った後…

上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻

上月城と赤松七条家と上月氏 上月城は播磨国佐用郡の西端に位置し、美作・備前に通じる交通の要衝に築かれた城です。 天正6年(1578)に尼子勝久と山中鹿介ら旧臣達が織田方の一員として御家再興を掛けて戦った最後の舞台として知られていますが、中世における…

三日月公園に立つ尼子経久公銅像

出雲尼子氏の本拠地・月山富田城のある島根県安来市広瀬町、飯梨川沿いにある三日月公園には、馬上の尼子経久公銅像が建てられています。 2008年に初めて広瀬に訪れた際、一目見て気に入りました。出来の良い銅像は史跡めぐりのテンションUPに直結するので、…